海外留学

海外の生活で気付かされた自国の言葉を大切にする重要性

私は現在30代になる女性で、父親の仕事の関係で2歳までアメリカで過ごしていた経験のある帰国子女です。
2歳までの海外生活だったといっても、家族で日本に帰国してからも親は外国人の友人が多く、家にはしょっちゅう外国人が出入りしていました。
そのためか、幼い頃から海外の文化への関心が高かった私は、普段から海外ドラマや洋画を観たり、洋楽を聴いたりしていました。
特に英語を話すことへの憧れが強く、中学に入って英語教育が始まると、その世界にのめりこんでいきました。

 

他の教科の勉強を怠っていても英語の成績だけはずば抜けて良く、中学高校時代は常にトップ。
そして大学生になると、そこでも英語を選考しよく勉強していました。
一方、日本語の勉強はどうしていたかというと、日本語に関係する授業には全く興味が無く、避け続けていました。
国語や古文、日本文学、そして日本史に関しても単位を落とさないギリギリの最低ライン以上は、ほとんど勉強せずに過ごしていました。

 

そんな私の英語への熱は一時期おかしな方向に走っていくこともありました。
英語が好きで、英語を話す自分が好きだった私は、周りの友人もインターナショナルスクール出身であったり帰国子女、海外からの留学生等でかため、日本人らしい日本人の友人はほとんどいませんでした。
というより、英語を話すことの出来ない友達は、故意に作らないようにしていました。
英語を話せることこそ格好良くて、英語を話せないのは格好悪いと思っていたのです。
そのため、大学の英語の授業等で英語を話せなかったり英語の成績が悪かったりする生徒を見かけると、内心では馬鹿にしていました。
海外に繋がりの深い友人達と付き合っていると、友人との会話も自然と英語ですることが増えていき、まるで海外の青春ドラマのような生活をしている気分になりました(少なくとも自分ではそうであることを望んでいました)。

 

家族との会話は当然日本語のみだったし、両親からは日本語だけで育てられてきたので、いつでも話せるし必要は無いと思っていたのも、日本語の勉強をしようとしなかった理由の一つです。
そんな私でしたが、英語だけの語学に興味があったわけではなく、アルファベットを使う全ての言語に興味はありました。
大学では英語の他に第2外国語を選択して単位を取らなければならず、私はそこでフランス語を選びました。
フランス語に決めたのは、英語と文法が少し似ていることや、世界一美しいとされている発音に興味があったのと、フランス映画を少しかじったことがあったという軽い動機からでした。
また、ヨーロッパでは英語の次にフランス語を話せると、一種のステータスになるという噂を聞いたこともありました。

 

実際にフランス語の勉強が始まってみると、発音や読み方は英語とはかなり違い、文法にも多少違いがあったり動詞の活用や名詞に女性と男性があったりと大変な部分もありましたが、ネイティブの発音の格好良さに惹かれ、是非この言語を話せるようになってみたいと思って必死に勉強しました。
その甲斐あって学校でのフランス語の成績は常に優秀と評価されていましたが、それでも飽き足らず、私はとうとうフランスに交換留学として行くことにしたのです。
幼い頃から留学は夢でしたが、自分は英語圏に留学するものだろうと思っていたので、フランスへの留学の決断は私の中で大きな転換でした。
1年も語学留学すれば、きっとフランス語が堪能になって、英語とフランス語の両刀で就職活動にも有利になるのではと踏んでいました。

 

 

しかし、現実はそう甘くなく、フランスでの留学生活はなかなかハードなものでした。
大学ではスピーキングの授業がほとんど無かったせいか、実際にネイティブのフランス人と会話するのは大変で、初めの1ヵ月はほとんどといって良いほどまともにフランス語を聴きとることも話すことも出来ませんでした。
3カ月程してやっとフランス語での簡単な日常会話が出来るようになった頃、現地の友達も増え始め、ようやく留学生活を楽しめるようになっていきました。
なかでも、現地人の大学生で日本語を専攻している生徒達とは特に仲良くなり、よく遊んだり、彼等の日本語の宿題を手伝うようにもなりました。
日本語を選考するフランス人大学生のほとんどが、日本の漫画や映画、音楽等のサブカルチャーが好きで日本語の勉強をしていることが多く、とても熱心に勉強し、いつかは日本へ留学したいと考えているようでした。
そんな彼等に日本語を教えていると、たまに日本人の私でも説明出来ないこともありました。
多国語に訳すのが難しい言い回しや日本語ならではの表現について質問されても、なぜそのような文法になるのか等を答えられないことが意外と多く、その度にもどかしいような悔しいような思いにかられました。

 

そのように日本語の宿題を手伝ううちに、日本という小さな国に興味があり、真面目に日本語を学びたいという学生が世界にたくさんいることがとても有り難いことのように感じ、日本人として素直に嬉しい気持ちになりました。
それまで日本語の勉強はあえてしていなかった私ですが、そのフランスでの留学生活を通して感じたのは自国語をもっと大切にし勉強を怠らないことの大切さでした。
帰国後、私は資格を持つ大学教授に日本語教師になるにはどうすれば良いのか聞いてみました。
外国人向けの日本語教師には資格が必要であることや、日本語教師の需要は近年高まってきていること、日本にある有名な日本語教室がどこかといった情報を教えてもらうと、私は日本語教師を目指す勉強を開始。
日本語教師の資格の取得のためには、日本語を本当に基礎の基礎から理解する必要があり、それは純粋な日本人としても難しいものでした。
普段意識せずに使っているからこそ、その文法になる意味や理由を学ぶのは大変です。
また、外国人に伝えるための特殊な言い方(例えば、「美しい」「可愛い」等の「い」で終わる形容詞を「い形容詞」と表現するなど)もあり、どこか違和感を感じながら日本語を一から勉強し直しました。

 

そして、日本語教育能力検定試験に合格し晴れて日本語教師を目指す道が開けると、私はある日本語教室のアシスタントとして研修することになりました。
その日本語教室に来ていたのは中国人や韓国人、マレーシア人、ベトナム人等のアジア圏の人々で、日本に出稼ぎに来ている人がほとんど。
私がアシスタントだったのは25歳くらいの頃でしたが、生徒は私より年上が多く、自国の大学卒業後に日本の大学へ通ったり仕事をしたりしている人が多かったです。限られた予算や時間のなかで必死に日本語を学ぼうとする、彼等の一生懸命な姿を見ていると、彼等の役に少しでも立ちたいと思うようになりました。
アシスタントの期間を終えると、私の日本語教師としてのキャリアがスタート。
日本語の勉強をする外国人の生徒達には、もちろん生活のためにしている人もいましたが、古くからの日本文化を愛していたり、なかには日本人よりも日本人らしい思想を持つ人もいて、とても感銘を受けました。

 

今思えば若い頃は外国にばかり目を向けていて、その結果日本語の素晴らしさを知ることになり日本語教師になるなんて思ってもいませんでした。
日本語の勉強に熱心に取り組む生徒達から日々刺激を受け、自分も人生を通じて精進し続けていこうと思いながら、現在も日本語教師を続けています。

 

ちなみに、日本語教師になるための資格としては大きく二つ、日本語教育能力検定試験と420時間養成講座があります。
前者は年に一度しか試験がないのに対し、後者は通信講座でも受講が可能であり、1年中目指すことができます。
そのため、権威性としてはどちらかと言えば日本語教育能力検定試験の方が上とされてはいますが、養成講座でも十分履歴書に書くに値する資格です。
理想は両方クリアすることですね。
それぞれ対応する通信講座があるので、「日本語教師 通信講座」などと検索してみると良いでしょう。
一人だけで勉強するので集中力が必要な分、自分を甘やかさない人じゃないと難しいですが、通学に比べてリーズナブルに済むところは魅力です。
自分の都合を優先して勉強したい、なるべく費用を安く済ませたいと言った人に向いていると思います。
ただし、やはり直接先生に教えてもらえる方が理解のしやすさは段違いに高いことは言うまでもありません。
どうしてもわからないことがあったらその度質問して返事を数日待たなければならないこともあるので、その辺りは面倒でしょうね。
私の場合は教授にすぐに質問できる環境があったので、本屋でテキストを買って勉強しました。
買ったのはヒューマンアカデミーの、日本語教育能力検定試験完全攻略ガイドで、3500円ほどでした。
それに加えて1500円ほどの過去問を1冊。
かかった費用はこの5000円程度だったので、ものすごく安く済んでラッキーだったと思います。
教授には感謝しきりで、いまだに仲良くしてもらっていることもありよく飲みに行きますが、ほとんど私がご馳走させてもらっています。
これからも末永く、師弟のような関係でいてもらいたいものです。